1.対象疾患・病態
心臓移植適応基準に準じた末期的重症心不全で,対象となる基礎疾患は,拡張型および拡張相肥大型心筋症,虚血性心筋疾患,
弁膜症,先天性心疾患,心筋炎後心筋症等が含まれる.
2.選択基準
1)心機能NYHA:Ⅲ~Ⅳ度(Ⅳ度の既往あり)
2)ステージD(重症の構造的疾患があり,最大限の内科治療にもかかわらず,安静でも明らかな心不全症状がある患者
3)薬物治療ジキタリス・利尿薬・ACE阻害薬・ARB・硝酸塩・β遮断剤等の最大限の治療が試みられている
4)強心薬・補助循環ドブタミン・ドーパミン・エピネフリン・ノルエピネフリン・PDEⅢ阻害薬等に依存,またはIABP,体外
設置型補助人工心臓等に依存
5)年齢65歳以下が望ましい(身体能力によっては65歳以上も考慮する)
6)BSA システムにより個別に規定
7)血行動態stage D,NYHA Ⅳ度の既往
8)条件他の治療では延命が望めず,また著しくQOL が障害された患者で,治療に参加することで高いQOLが得
られ,長期在宅治療が行え,社会復帰が期待できる患者
9)治療の理解補助人工心臓の限界や併発症を理解し,家族の理解と支援が得られる
3.除外基準
1)感染症重症感染症
2)呼吸器疾患重度のCOPD
高度の肺高血圧症
30日以内に発症した肺動脈塞栓症
3)循環器疾患開心術後早期(2週間程度)
治療不可能な腹部動脈瘤や重度の末梢血管疾患
胸部大動脈瘤,心室瘤,心室中隔破裂
中等度以上の大動脈弁閉鎖不全症
胸部大動脈に重篤な石灰化
4)神経障害重度の中枢神経障害
薬物中毒またはアルコール依存の既往
プロトコールに従えない,あるいは理解不能と判断されるほどの精神神経障害
5)その他の臓器不全重度の肝臓疾患
重度の出血傾向,高度慢性腎不全,慢性腎不全による透析症例,癌等の生命予後不良な悪性疾患,膠原病
等の全身性疾患,インスリン依存性重症糖尿病
6)妊娠妊娠中
7)その他著しい肥満,輸血拒否等施設内適応委員会が不適当と判断した症例
① 適応患者の選択,施行時期
慢性心不全に対する補助循環は,心臓移植の適応あるいは適応相当と考えられる症例や,慢性心不全経過中に急速に心不全が増悪し循環補助を行うことにより,重症心不全を軽減することができる.なお,慢性心不全例に補助循環を適応する場合には,患者および家族へのインフォームドコンセントおよび同意を得ることが重要である.
血液浄化法として水分調整,サイトカインや抗体吸着があり,心不全コントロールに用いられる.しかし,循環補助効果は自己心機能に依存している.
圧補助手段は,自己心機能の有効利用により補助効果を得るもので,簡便な補助手段だが,その補助能力は小さく,不整脈例では有効でない例もある.非観血的手段としてEECP(Enhanced External Counterpulsation) があり,軽度の補助により循環動態の改善が期待できる症例では考慮される.大動脈内バルーンパンピング(IABP)を用いた場合には,常に補助人工心臓への移行を考慮して管理する.
流量補助手段として,経皮的心肺補助法(PCPS)と補助人工心臓があり,PCPSは循環不全が急激に進行する症例において,補助人工心臓装着までのつなぎとして,あるいは一時的補助により状態の改善を期待する場合が適応となる.
補助人工心臓は,心臓移植待機中に心不全が悪化し,最大限の内科的治療を行っても改善がみられなくなった時点で施行する.血行動態的指標は,心係数≦2.0 L/min/m2,収縮期血圧≦ 80 mmHg,左房ないし右房圧≧20 mmHgで,重要臓器の機能障害が進行する場合も適応を考慮する.不可逆性の腎・肝障害,敗血症,中枢神経疾患,あるいは高度出血傾向がある場合は補助循環の適応から除外される.なお,植込み型補助人工心臓の適応は,心臓移植適応基準に準じた末期心
不全で,長期在宅療法に適した患者が対象となるが,右心不全例や難治性不整脈例においては慎重に検討する必要がある(表17).
補助人工心臓システムの選択は,体格の大きな患者(体表面積1.5 m2 以上)で,高度右心不全を伴わない場合は植込拍動流型あるいは無拍動流型左心補助人工心臓を考慮する.小さな体格の患者には植込無拍動流型あるいは体外設置型を考慮する.また,高度右心不全を伴い両心補助が必要な場合,体外設置型による
両心補助を行う.
なお,両心不全例において,左心補助人工心臓とNOガスの併用が有効である場合が多い.また,高度の三尖弁逆流を伴う症例においては,三尖弁形成術が有効である.
② 施行時における管理上の問題点
機器装着早期には,手術に基づく出血,心不全(特に右心不全),臓器障害,感染に注意する.特に出血に対する大量輸血は肺血管抵抗を上昇させ,右心不全を増強させるため注意が必要である.臓器障害については,適応前の障害が問題であり,適応時期の適切な判断が重要である.
長期施行の問題点として,感染症,血栓塞栓症,右心不全,リハビリテーションがある.感染予防には,カテーテル等を可能な限り早期に抜去し,送脱血管や駆動ラ
イン等体壁貫通部を常に清潔に保持する.抜歯等外科的処置を行う場合には,十分な予防的抗生剤投与を行う.血栓塞栓症に対する抗凝固療法は,補助人工心臓システムに応じてワルファリンおよび抗血小板薬を併用する.全身状態改善に伴い,歩行,自転車こぎ等リハビリテーションを積極的に行い,ADL向上を図る.
植込み型左心補助人工心臓装着例においては,全身状態が安定し,システムの管理に患者本人および家族が習熟し,在宅での治療体制が整えば,在宅治療を行う.当面,植込み型左心補助人工心臓装着患者には,機器の管理に習熟した家族の同伴が必要である.今後,精神的なサポートに加え,職場や学校での管理,飛行機利用等装着患者が円滑に社会生活を行うための体制整備や,自動車の運転等装着患者の活動性について検討を進める必要がある.
補助人工心臓の長期補助により,心機能の改善する心筋症症例が報告されており,自己心機能を経時的に評価し,離脱可能と判断されれば,離脱を試みる.さらに,薬物療法や心筋再生療法等の併用による離脱可能性の向上が期待されている.
③ 補助循環装置
1)血液浄化
① CHDF(Continuous hemodiafiltration)584)
心不全や全身性急性炎症反応症候群(SIRS)に伴う循環不全で利尿薬,強心薬投与で利尿が得られない症例に対して施行される.持続的に血液透析(HD)と血液
濾過(HF)を行い,循環負担の軽減が可能である.腎前性の腎機能障害を合併しているため,除水だけでなく小分子から中分子の幅広い毒素の除去に有効である.
② ECUM(Extracorporeal Ultrafiltration Method)
血液濾過による除水は,肺水腫に陥った重症の薬物治療抵抗性のうっ血性心不全患者に用いられている.肺水腫の軽減,最大限の薬物治療にても改善しない容量負荷を改善し得るが,多くの患者においてその効果は一時的なものである.
③免疫吸着療法(アフェレーシス)
拡張型心筋症は,ある種の遺伝的背景(MHC Class Ⅱ等)を背景として,ウィルス感染を契機として生じた自己免疫異常(抗心筋自己抗体)が遷延することにより,
進行性の心筋障害を来たし,重症心不全に陥る.この抗心筋自己抗体が単独で本症類似の心病変を誘導することが基礎的研究で証明され,ドイツを中心とする欧米では免疫吸着療法による有効性が報告されている585).我が国ではこれから臨床治験が開始される(保険適用ではない).
2)圧補助(Counterpulsation)
① EECP(Enhanced External Counterpulsation)586)
EECPは非侵襲的な補助循環装置で,患者の臀部~両側下腿にマンシェット様のエアカフを巻き,心電図同期にて拡張期に約300 mmHgの空気圧を加え,拡張期圧上昇と収縮期の心負荷軽減を得ることによりIABPとほぼ同様の補助効果が得られる.心不全症例に対する効果は十分には検討されていない.我が国では市販装置はない(保険適用ではない).
② IABP(Intra-aortic Balloon Pumping)117)
IABPの効果はカウンターパルセーションの原理に基づき,圧補助としての補助循環作用を発揮する.急性あるいは慢性心不全患者において,血行動態の安定化を得るのに用いられるが,圧補助手段であり補助効果は自己心機能に依存しており,限界がある.また,不整脈発生時には補助効果は減弱する.内科的治療に抵抗する心原性ショック(カテコラミン使用下でも肺動脈楔入圧18mmHg以上,収縮期血圧90 mmHg以下,心拍出係数2.2L/min/m2以下)に適応が考慮される.禁忌として,高度の大動脈弁逆流を有する患者,大動脈解離等がある.バルーンの挿入法は外科的挿入法と経皮的挿入法があり,最近は主として経皮的挿入法が用いられる.合併症として,特にバルーン挿入側の下肢の虚血に注意する.その他,動脈損傷,神経障害,バルーンの損傷がある.IABP からの離脱は,十分な心機能の回復
を確認してバルーンの補助回数を下げてゆき,血行動態に特に変化がなければ抜去する.
3)流量補助
① PCPS(Percutaneous Cardiopulmonary Support)587)
PCPSは簡易人工心肺システムとして開発された装置で,経皮的カニュレーションと遠心ポンプおよび膜型人工肺からなり,簡便に使用可能で呼吸補助効果もあり,
通常1 ~ 2週間の短期間の流量補助を目的に使用する.ヘパリンコーティングシステムの普及により,出血傾向のコントロールも容易になってきた.PCPSは大腿動静
脈に送・脱血管を挿入するが,大腿動脈からのカニュレーションができない症例や,両側の大腿静脈が閉塞している症例には使用できない.呼吸補助を目的とした場合,自己の心拍出が十分にある症例では,冠動脈や頚動脈に大腿動脈からの酸素化血液ではなく,自己肺からの酸素化が不十分な血液が流れることがある.このような場合には腋窩動脈や鎖骨下動脈を送血部位として考慮する.17 Fr. の送血管,21 Fr. の脱血管を使用した平均的流量は2 ~ 3 L/minであるが,流量は送血管・脱血管のサイズ,位置に規定される.高流量が必要な場合は,太いカニューレを用いるか,脱血管を両側の大腿静脈に2本挿入する.ヘパリンを用いて ACT を250~300秒に維持するが,ヘパリンコーティング回路を用いる場合には,ACTを150~ 200秒に維持する.
② Impella(Impella Recovery Pump System)588),589)
経皮的軸流ポンプ型左室補助人循環装置で小型化されたカテーテルの先端にマウントされた軸流ポンプを経皮的に大腿動脈より挿入する.経皮的左室補助人工心臓としてIABPより強力な循環補助が行える.2.5~ 5.0 L/minの補助量が得られ,心原性ショックやhigh risk PCIに用いられている.我が国での製造販売承認は得られていない.他に大動脈直接挿入用と右心補助用がある(保険収載されていない).
③ 体外設置型補助人工心臓(Paracorporeal VAS)590)-592)
一時的使用を目的として開発された補助人工心臓(ventricular assist system : VAS)で,我が国では東洋紡社製および日本ゼオン/アイシン精機社製が保険償還
されている.また,2001年にAbioMed社製BVS5000 が保険償還となった.BVS5000 の後継機AB5000 が現在臨床治験中である.脱血管は左心補助では右側左房あるいは左室心尖に,送血管は上行大動脈に装着する.右心補助では肺動脈および右房に送・脱血管を装着し,送・脱血管を肋骨弓下から体外へ導き血液ポンプに接続する.東洋紡VASやAB5000 ではリハビリも施行でき,長期補助が可能である.AB5000 は米国で在宅プログラムも実施されている.抗凝固療法は,初期には外科的な出血のコントロール後,ヘパリンを投与する.経口摂取可能となってからは,ワルファリン(目標PT-INR : 2.5~ 3.5)に抗血小板薬を併用した抗凝固療法を行う. また,BVS5000 は,ベッドサイドに血液ポンプが固定され,2週間程度の補助に用いられる.長期補助が必要な場合にはAB5000 や東洋紡製VAS,植込み型VAS等への移行が必要となる.
④ 植込み型補助人工心臓(Implantable VAS)592)-596)
長期(数か月~数年)の使用を想定して開発が進められたシステムで,ポンプを体内(胸腔内/腹腔内/腹壁下)に設置する.第1 世代の植込み型VASには,Thoratec社製HeartMate LVASとWorldHeart社製Novacor LVAS(電磁力駆動型)があり,ともに左心室心尖より血液を脱血し,ポンプを介して上行大動脈へ送血する.また,体重70 kg 前後の患者を対象として開発されており,十分な補助流量(6 ~ 10 L/min)を得るためにポンプが大きい.HeartMate LVASには,軽量小型の外部駆動装置により駆動する空気駆動型(IP-LVAS)と,携帯型であるモータ駆動型(VE-LVAS)がある.WorldHeart社製Novacor LVASは,電磁力駆動型携帯型で,抗凝固療法は,体外設置型と同様に行われる.Novacorは,2004年4月より心臓移植へのつなぎとして保険償還されたが,2006年に我が国の市場から撤退した. 一方, 改良型のHeartMate XVEは,2009年に製造販売承認され,2010年より販売が開始される.
最近では,各種の無拍動流(定常流)ポンプの臨床応用が開始されている.無拍動流ポンプは,人工弁が不要で耐久性が向上する可能性がある,ポンプが小型で体格の小さな患者への応用も容易となる.軸流ポンプとして,左室心尖部に血液ポンプを留置するJarvik 2000 や,左室心尖脱血方式のMicromed社製DeBakey VAD,ベルリンハート社製Incor,Thoratec社製 HeartMate-Ⅱ等の臨床応用が開始され,7 年以上の補助例もみられている.我が国で開発が進められたテルモ社製DuraHeartは,欧州で製造販売承認され,Jarvik 2000 および,サンメディカル社製EVAHEARTとともに,我が国での治験が終了し製造販売承認申請中である.
⑤ 全置換型人工心臓(total artificial heart : TAH)597),598)
TAHは,自己の心臓を切除して埋め込まれる.1980年代後半,欧米において,空気圧駆動ダイアフラム型のSymbion社製Jarvik 7 が多く用いられたが,血栓塞栓症
や移植術後の感染症が問題となり,1991年に臨床応用が中止された. 最近CardioWest 社で改良したTAH(CardioWest)の臨床応用が欧米において再開されてい
る.また,完全植込み型TAHとして,AbioMed社製のAbioCorが2006年にFDAの製造販売承認を得た.我が国においては,現在臨床使用できるTAHシステムはな
い(保険適用ではない).
補助循環ならびに心移植の適応基準*注)
(エビデンスレベルは適応できない)
ClassⅠ
● 心臓移植
ClassⅡ a
● CHDF
● IABP
● PCPS
● 体外設置型補助人工心臓
● 植込み型補助人工心臓
ClassⅡb
● ECUM
● 免疫吸着療法(アフェレーシス)
ClassⅢ
● EECP
● Impella
● 全置換型人工心臓
*注)
本項(補助循環,心移植)でのクラス分けは
ClassⅠ :その手段を選択すれば治療効果を期待できるもの
ClassⅡa :一定の治療効果が期待できるが一時的なもの
ClassⅡb :一定の治療効果が期待できるが,治療効果については検討中のもの
ClassⅢ :現在我が国で施行できないもの,あるいは治療効果が不明なもの
5 補助循環
表17 植込み型補助人工心臓適応基準599)
慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Treatment of Chronic Heart Failure(JCS 2010)