① 冠血行再建術

 冠動血行再建術については,虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン551)に詳細に記載されている.

 高度左室機能不全を伴う患者は,冠動脈バイパス術の周術期および遠隔期死亡率が高く,特に低左心機能と心不全症状を有することは,周術期の危険予測因子である255),256)が,重度左室機能不全患者における冠状動脈血行再建術は,同様の状態にある内科療法患者と比較して,症状緩解,運動耐容能,生存期間の点で優れるとする報告がある254).すなわち,虚血性心疾患における低左心機能は,高度虚血による場合には,血行再建術で改善が期待できる.したがって,虚血による冬眠心筋(Hibernating myocardium)であるか,梗塞心筋であるかを,心筋シンチ検査,ドブタミン負荷心エコー図検査,最近の造影MRI 検査等を用いた判定が重要である.また,軽度の僧帽弁閉鎖不全は,冠動脈バイパス術で改善が期待されるが,その確実な予測は困難で,遺残すれば遠隔成績に影響するので,僧帽弁手術の適応を慎重に判断する必要がある552)

 なお,標準的な体外循環を用いた心停止下の冠動脈バイパス術(CABG)に加えて,体外循環非使用心拍動下冠動脈バイパス術(OPCAB)あるいは体外循環使用心拍動下冠動脈バイパス術(on-pump beating CABG)が,ハイリスク症例や,低心機能,慢性心不全症例にも導入され,手術成績の向上が認められている553)

冠動脈バイパス術
ClassⅠ
 ● 低左心機能を伴い,高度心筋虚血が証明されている重症多枝病変患者(エビデンスレベルB)
ClassⅡ a
 ● 心筋梗塞後の左室リモデリングによる低左心機能症例に対する冠状動脈バイパス術に加えて左室形成術(エビデンスレベルB)
ClassⅡb
 ● 多領域にわたる心筋梗塞後の高度低左心機能症例に対する冠状動脈バイパス術および左室形成術(エビデンスレベルC)

② 左心室形成術

1)低左心機能を伴う虚血性心疾患に対する左室形成術(左室容積縮小術)
 虚血性心疾患における重度左室機能不全は,多枝病変等で高度の慢性的心筋虚血に陥っているか,心筋梗塞後に非梗塞部を含めた左室リモデリングが生じているかに,二分できる.前記のように,高度虚血によるものであれば,血行再建により壁運動の改善が期待でき,実際に低左心機能を伴う虚血性心疾患に対するCABGの運動耐容能や生存期間に対する効果は大きい552).一方,心筋梗塞後の左室リモデリングが主体であれば,血行再建術のみでは,ただちに左室機能は改善しない可能性が高い.このような症例には,内科的治療あるいは冠動脈バイパス術に加え,梗塞部を切除し左室容積を縮小させる手術(左室形成術)を施行し,心機能と予後を改善させる試みがなされてきた.左室形成術は元来,陳旧性心筋梗塞後の左心室瘤の切除術式として開発されたもので,前壁梗塞後の左室瘤において,瘢痕化した左心室中隔のexclusionとencircling purse stringにより左室縮小を行うDor 手術が各種の術式のなかでも最も繁用される554).Dor 手術はその後,広範囲にわたりakinesisを呈する狭義の虚血性心筋症にも応用され,左室をより回転楕円体の形状を保つように工夫が凝らされたseptal anterior ventricular exclusion(SAVE)法555)やoverlapping法556),557)等の術式も開発されてきた.

 一方で,米国と欧州の多施設において行われた1,000例に及ぶ大規模なRandomized Control Trial(STICH)では,前壁主体の低左心機能を伴う虚血性心疾患において,CABG+内科治療+左室形成術は,CABG+内科治療に比して,左室収縮末期容積(LVEDV)は減少するものの,生存率や症状再入院率等の点で何ら利益を加えないという結果が2009年に示された558).この背景としては,最近の内科治療(薬物療法やCRT)と血行再建が有効であるため,左室形成の有益性を示す余地が少なかったことや,左室容積縮小が拡張能に悪影響を及ぼした可能性がある等,その理由として考えられている.このSTICHの報告により,低左心機能を伴う虚血性心疾患の全例に,網羅的に左室形成術を加える合理性は失われた.しかし,左室形成術によって利益を受ける特定の患者群が存在する可能性が否定されたわけではない559).すなわち,比較的大きな左心室瘤を有する例や,心室容積が大きい症例(収縮末期容積係数60 mL/m2以上)で切除範囲に十分な壊死/瘢痕組織が含まれる場合等では,左室形成術が有効である可能性は残されている.

低左心機能を伴う虚血性心疾患に対する左室形成術(左室容積縮小術)
ClassⅡ a
 ● 心筋梗塞後の左室リモデリングによる低左心機能症例に対する冠状動脈バイパス術との併用:左室形成術(エビデンスレベルB)
ClassⅡb
 ● 多領域にわたる心筋梗塞後の高度低左心機能症例に対する冠状動脈バイパス術および左室形成術(エビデンスレベルA)

2)非虚血性心筋症に対する左室形成術
 非虚血性の心筋症に対しても,心筋切除を行い左室内径縮小により,壁応力を低下させて心筋酸素需要を下げるという観点から,左室容積縮小手術は試みられてきた.Batistaらにより開発された左室部分切除術(partial left ventriculectomy)は,拡張した心室の後側壁の一部を両乳頭筋の間でtear drop型に切除し,左室を縮小する術式である560).左室の拡大(左室拡張末期径70 mm以上)と内科治療に反応しない重篤な心不全の存在が基本的な手術適応とされ,切除後には心室中隔側が重要な役割を果たすことになるため,後側壁に病変が強く,中隔側に収縮力の残った心筋が存在する場合に有効と考えられる.しかしながら,その後,中期~遠隔期に心不全の再発を高率に認めることが明らかになった561).なお,重症心不全患者において心臓移植を回避する術式というよりも,移植までの橋渡しとしてとらえる考え方もあるが,我が国においては,この術式を採用する施設は限定されつつある562).2009 focused update: ACCF/AHA Guide-lines for the Diagnosis and Management of Heart Failure in Adults には,非虚血性心筋症に対する左室部分切除術は2005年版を踏襲して,推奨レベルはClassⅢとされた563)

非虚血性心筋症に対する左室形成術
ClassⅢ
 ● 非虚血性心筋症に対する左室部分切除術(エビデンスレベルB)

③ 左室形成術施行時の僧帽弁閉鎖不全に対する対応

 左室のリモデリングによる心室容積拡大は虚血性,非虚血性にかかわらず,心筋症の範疇にあり,機能性僧帽弁逆流(functional MR,FMR)を来たす.僧帽弁構
成物のうち,弁尖,腱索が正常であるにもかかわらず,左室拡大により前後乳頭筋の付着部間距離が広がる.さらに後壁拡張により後方かつ心尖部方向への乳頭筋偏位を来たして僧帽弁に牽引が生じる.それによって弁尖のtetheringが起こることが逆流の成因である.低左心機能と心拡大例では,しばしば,この病態からFMRが生じるため,前述の左室形成術と同時に僧帽弁に対する処置が行われることも多い552),564).従来,狭小人工弁輪を用いた僧帽弁輪形成術565),566)や弁置換術567)が行われてきたが,その他の方法として,chordal cutting法568)等の弁形成術, さらにはpapillary muscle approximation569),papillary muscle suspension570),571)等の乳頭筋に対してのアプローチを行う方法も試みられつつある.

僧帽弁閉鎖不全に対する対応
ClassⅡ a
 ● 左室形成術施行時における僧帽弁閉鎖不全に対する手術(エビデンスレベルC)

④ 重症弁膜症

 弁膜症に対する治療戦略については,「弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2007年改訂版)」572)に詳細に記載されているが,その大半は手術適応や手術時期の判断,さらには術式の選択に関するものであり,重症弁膜症に関する記載は少ない.本項目では慢性心不全に陥った重症弁膜症,つまり至適手術時期を失したともいえる弁膜症に限定して記載する.なお,end-stageの弁膜症ともいえることから,年齢や合併疾患,社会復帰の可能性等を考慮して,手術適応を慎重に判断をする必要がある369),573)

1)大動脈弁狭窄(AS)
 AS症例にみられるLVEFの低下は狭窄による後負荷の上昇(afterload mismatch)が原因であり,中等度までの収縮能低下であれば手術による狭窄解除で改善がみられる.なお,afterload mismatchが原因と限定できない左室機能低下例では,左室機能や症状の完全な改善は期待できないが,生命予後は改善する574).したがって,超高齢等臨床的手術禁忌を持たない心不全を呈する高度ASは,全例手術適応があると考えてよい.

2)大動脈弁閉鎖不全(AR)
 ARに伴う臨床症状(NYHAⅢ~Ⅳ度)の患者は,一般に手術適応である.ただし,高度左室機能障害(LVEF< 25%)を呈する場合,大半の症例では左室心筋は不
可逆性変化を来たしており,手術成績および術後の症状改善,生命予後も比較的不良である.NYHAⅣ度の症例では術後左室機能回復に限界があり,年齢,術後
QOL改善の可能性等も考慮して手術適応の可否が判断されるべきである.なお,このような症例でも内科治療単独よりも外科治療の生命予後が比較的良好であり慎重な手術適応判断を要する575)

3)僧帽弁狭窄(MS)

 MSに対する手術適応において,年齢,病期等に一定の適応基準は示されていない.重症例では高齢者や,慢性心不全から腎不全・肝不全等を合併することが多く,内科治療の限界でもあり,ハイリスクではあるが,弁病変が経皮的僧帽弁交連切開術に不適当であれば,合併疾患を十分に検討した上で,直視下交連切開術や僧帽弁置換術を考慮する.

4)僧帽弁閉鎖不全(MR)
 MRによる左室機能不全が進行するに従い,手術の危険と術後遠隔期生存率が悪化する.高度の心不全が進行したMR症例に対して,手術が可能かどうかを判断するのは難しい.術後には,高度MRによる後負荷の軽減がなくなるため,LVEFが術前の値よりさらに低下する可能性が高いことも考慮されるべきで, 一般的には,
LVEF 30%以上の症例が手術可能と判断される.このような低下した心機能を可及的に温存するためには僧帽弁形成術が有利であることは明らかであるが,一方では,完全な逆流制御を目的とし,可能な限り腱索を温存した弁置換術を考慮してもよい576).なお,LVEFが30%を下回る場合は,術後も左室機能不全が持続するが,症状は改善し,左室機能障害の進行を防止できる可能性がある577).したがって,僧帽弁手術の適応が考慮されるが,この場合には補助循環の準備をした上での手術が望まれる.

重症弁膜症に対する手術適応
ClassⅠ
 ● 低左心機能を伴う,重症ASに対する大動脈弁置換術(エビデンスレベルC)
 ● 低左心機能を伴う,重症ARに対する大動脈弁置換術(エビデンスレベルC)
 ● 心不全を伴うMSに対する僧帽弁交連切開術あるいは,僧帽弁置換術(エビデンスレベルC)
ClassⅡb
 ● 低左心機能を伴うMRに対する僧帽弁形成術あるいは僧帽弁置換術(エビデンスレベルB)

⑤ 収縮性心膜炎

 心膜切除術は収縮性心膜炎に対する唯一の治療法である.手術適応は,臨床徴候,心エコー所見,CT/MRIおよび心臓カーテル検査所見に基づいて決定される578)-581).前側方開胸(第5 肋間開胸)と胸骨正中切開(人工心肺のため大動脈と右心房へのより速いアクセスが可能)の2つの到達法があるが,ともに病的な心嚢をできるだけ切除することを目的としている.ただ,人工心肺を第一選択とすることは,全身ヘパリン化による出血傾向が遷延することから推奨されない579).心膜と心外膜の間に厳しい石灰化癒着がある場合,あるいは心外膜炎が主たる病変である場合,手術は不完全な切除に終わるか,心筋傷害を惹起するか,いずれかの危険を伴うことになる.代替的手術手技としては,強い石灰化部分は放置してその領域を島状に残すことで,大出血を回避できる.レーザや超音波メスの使用も試みられている.重大な手術合併症は,心室壁破裂と術後心不全であるが,心膜切除術における手術死亡率は海外では6~ 12% 578)-581)と報告されており, 日本胸部外科学会の学術集計(2005,2006年)582),583)では,人工心肺使用は4,743例と非使用は8,693例で,それぞれ12.8%,14%の病院死亡率であった.これらの高い死亡率は,術前の長期間の病的状態が心筋のatrophyまたはfibrosisを惹起していることに起因する.術後のLVEFは心室充満の改善のため増加するが, 心血行動態の完全な正常化は約60 % にとどまる580),581).手術前に長期間にわたる重症の臨床徴候が存在した場合,完全な心膜切除術を行っても完全な回復は期待できない.一方,収縮能は保たれており,早期に手術適応が決定された場合,心膜切除術後の長期生存は一般的な人口統計と同等となる.

 すなわち,慢性心不全の原因疾患の診断に収縮性心膜炎を念頭に置き,適切なタイミングでの手術実施が肝要である579),581)

収縮性心外膜炎に対する手術適応
ClassⅠ
 ● 心不全を呈する収縮性心膜炎に対する心膜切除術(エビデンスレベルC)


4 手術療法
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Guidelines for Treatment of Chronic Heart Failure(JCS 2010)