3 治療
 高齢者といえども慢性心不全治療戦略の基本は変わらない.ただし,(1)治療薬の副作用が生じやすい,(2)合併症や臓器障害が画一でなく,患者特性に基づいた対応が必要である,(3)エビデンスが極めて不足している,点に留意が必要である.

 治療薬としてのACE阻害薬やARBは,エビデンスが十分とはいえないものの,高齢心不全患者においても効果的とされ403),404),忍容性も高い.ただし,腎機能障害,高カリウム血症,症候性低血圧に留意すべきで,少量から開始し,漸次増量することが望ましい.β遮断薬に関しては高齢者心不全を対象にしたSENIORで予
後改善効果が実証されたが405),試験薬剤であるnebivololは日本では発売されていない.ただし,これまでの大規模研究を網羅したメタ解析によると406),高齢者においても本剤の有効性は若年・壮年患者のそれと遜色ないと解釈される.ただし,導入に伴う忍容性は若年者に劣るため407),開始用量や増量間隔の決定にはより慎重さが求められる.一方,慎重過ぎてACE阻害薬やβ遮断薬といったエビデンス確立薬剤といえども高齢者の慢性心不全例には過小投与され408),また,心不全増悪期での管理もまた不十分との実態も指摘されている409).利尿薬はうっ血性心不全の自他覚症状を顕著に改善するが,フロセミド等ループ利尿薬に頼った利尿は強力すぎる.血液濃縮に基づく脳血栓症や腎機能悪化の誘因のみならず,頻尿や尿失禁を通じてQOLを低下させる.そのような場合,トラセミドやアゾセミド等緩徐な利尿薬への切り替えも一考である410).抗アルドステロン薬は,高齢者心不全患者においても生命予後改善効果が期待される38),411)が,高カリウム血症に注意する.ジギタリスは頻脈性心房細動での心拍数コントロールを目的とし,高齢者では特に半減期の短い腎排泄型であるジゴキシンの半量,場合によっては1/4量投与が推奨される412).非薬物療法もまた高齢者心不全でのエビデンスに乏しく,若年・壮年患者の適応に準拠させているのが現状である.すなわち,心筋虚血を基盤とした慢性心不全患者には,経皮的冠動脈カテーテルインターベンションやバイパス術を,弁膜症や先天性心疾患には外科的手術を,さらに左脚ブロック等の刺激伝達遅延による同調不全には両室ペーシングによる心臓再同期療法が遂行される.睡眠時無呼吸への在宅酸素療法や運動療法,温熱療法も適応と処方によっては慢性心不全患者のQOLを高める.

 一方,既に強調したように,高齢者では心血管系以外の他臓器障害,あるいは機能低下がみられる.しかも,短期間のうちに入退院を繰り返すことも多い413).した
がって,治療に際しては,心不全にのみ傾注するのではなく,全身を隈なく診て,また,合併症対策にも抜かりなく対応する.高齢者は食塩や水分,カロリーの摂取管
理が不徹底になりがちである.服薬コンプライアンスもよくない.自立生活の維持に必須な下肢筋力の保持が困難である414).このような観点への是正には,患者本人に留まらず介助者である家族や同居者も含め415),生活要因からの心事故予防をめざして,生活習慣や服薬習慣,それに通院習慣を常々指導する必要がある145).こうした患者への診療は,従来の医師のみによる心不全治療だけでは限界があり,医療側での職種や施設をまたがった包括的な評価と管理,そして介護の実践が提唱されている416).なお,要介護状態の高齢者には侵襲が大きい診断や治療を差し控え,ケアを主体とした姑息的診療に切り替えるのも一法である.いずれにせよ,多くの疾患を抱える高齢者心不全患者の疾病管理の在り方については解決すべき課題が蓄積している417),418)

 慢性心不全は集学的・集約的医療の代表疾患である.特に,高齢者では多くの疾患を抱えるため,包括的疾病管理を必要とする.治療法は多岐にわたり,診療スタッフも多業種に及び,その判断や理解,指導は多様で,求められるアウトカムもまた患者ごとに異なる.このような高齢慢性心不全の特性に合わせ,最も妥当な診
療法の選択とシステムの構築こそが疾病管理を担う医療スタッフに課せられた任務である.さらに,その合意に基づく選択が,患者・家族・社会負担,それに医療ス
タッフ負担,次世代負担の少ない方策であることも求められている.
 
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慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Treatment of Chronic Heart Failure(JCS 2010)