6 その他の治療
① 抗凝固療法
心不全患者においては,心機能低下や心腔拡大に伴い血流の変化,凝固線溶系異常,血管壁性状の変化を来たしVirchowの三徴を満たす易血栓形成環境が形成されてくる.血栓塞栓症,特に脳卒中は心不全患者における重篤な合併症の1 つである.脳卒中の発症頻度は1.3~ 3.5% /年と報告されているが362),抗血栓療法を施行中の症例を含んだ報告であるため,過少評価されている可能性がある.心不全患者に対する抗凝固療法の適応に関しては,心房細動の合併や血栓塞栓症の既往の有無で異なっている.また,心不全の背景疾患が血栓形成リスクを増加させる場合は,十分にリスクを評価した上で対応するガイドラインに沿って診療を進める.
1)心房細動
心不全は僧帽弁疾患,高血圧,甲状腺機能亢進症,心筋症等と並んで心房細動を来たしやすい病態の1 つであり363),その発生と維持には,左心房筋の肥大や
線維化,RAA系の賦活化や酸化ストレス亢進が大きな役割を果たす364)-366).我が国の心不全観察研究の結果では,心房細動の合併頻度は約40 % と高頻度である247),248).Stroke Prevention in Atrial Fibrillation(SPAF)試験では,心不全は脳卒中発症に関連する高度リスクの1 つと考えられており,メタ解析では心不全症例における脳卒中発生率は6.8人/100人・年と報告されている367),368).
心房細動を合併した心不全患者や血栓塞栓症の既往のある症例では,禁忌症例でなければワルファリンによる抗凝固療法がClassⅠ,エビデンスレベルAである118),368)-371).心房細動のタイプは永続性(permanent),持続性(persistent),発作性(paroxysmal)のいずれもが該当し,海外からの報告では,心不全症例を含む複数の臨床試験の結果で,脳卒中リスクを60~ 70%軽減したとするものもある369),372),373).我が国において目標とするPT値は,心不全に高齢(≧75歳),高圧,%FS< 25%,糖尿病の危険因子のうち1 つ以上を合併した非弁膜症性心房細動の場合は,70歳以上でINR1.6 ~ 2.6,70歳未満でINR2.0 ~ 3.0が推薦されている371).
洞調律心不全の抗凝固療法については,根拠となるエビデンスが十分でない.低左心機能(LVEF≦ 35%)の洞調律心不全患者を対象にしたワルファリンと,アス
ピリンないしクロピドグレルを比較したWATCHでは,ワルファリン投与群で脳卒中発生ないし心不全増悪軽減に優位性を認めたが死亡率に差を認めなかった374).
同様の症例を対象としたHELASでは,虚血性心不全ではアスピリンとワルファリンの,拡張型心筋症ではプラセーボかワルファリンの有効性を比較検討したが,塞栓症発生は2.2人/100人・年と少なく,また,ワルファリンの予後に及ぼす影響を示すことはできなかった375).
2)心機能高度低下例
LVEFの低下は,心房細動と独立した脳卒中の危険因子と考えられている.心不全を合併しない心筋梗塞後の症例を対象にしたSAVEのサブ解析では,LVEFが5%減少すると脳卒中が18%増加した376).その他,年齢,抗凝固療法,抗血小板療法の有無も脳卒中発症と関連し,抗凝固療法により81%,抗血小板療法によ
り56%脳卒中が減少した.SOLVDのサブ解析においても同様の結果が示されている.この試験は心房細動のないLVEFが35%以下の症例を対象にしており,心不
全症例を38%含んでいる.本試験では,女性においてLVEFが10%減少すると,脳卒中が58%有意に増加したと報告しているが,男性では有意な増加はなかった377).
心室壁運動異常例では心腔内血栓を合併することがある.このような症例に対する抗凝固療法の適応についての確立したエビデンスはないが,経験的に施行され
ている場合が多いと考えられる369),378).心腔内に血栓が発見されても必ずしも塞栓症を起こさないことが知られており,塞栓症の多くは画像診断で検出できなか
った血栓が原因と考えられている118),379).
抗凝固療法の適応
ClassⅠ
● 心房細動あるいは血栓塞栓症の既往を有する心不全(エビデンスレベルA)
● 心腔内血栓が存在するか全身性塞栓症を有する心不全(エビデンスレベルC)
ClassⅡ a
● 心房細動や血栓塞栓症の既往のない高度心機能低下心不全(保険適用なし;エビデンスレベルC)
② 抗血小板療法
心不全患者に対する抗血小板療法の適応に関しては,統一された見解がない380).各種大規模臨床試験の後ろ向きの検討では,SAVEにおいてアスピリン投与は脳卒中の発症を減少させると報告されている376).2009年に報告された心不全患者を対象としたワルファリンと抗血小板薬の前向き検討であるWATCHの成績では374),一次エンドポイントである死亡,非致死性心筋梗塞,非致死性脳卒中の複合エンドポイントに両群間に差はなかった.しかし,心不全増悪による入院はアスピリン服用群でワルファリン服用群に比して有意に高率であった.すなわち心不全患者に対する抗血小板療法の有用性は未だ確立されていない.なお,アスピリンに関しては,低用量であってもSOLVD,CONSENSUSⅡにおいて,心不全治療の有用性が証明されているACE阻害薬(エナラプリル)の血行動態および生命予後改善効果を減少させるとの報告があり381),382),非冠動脈疾患を基礎とする症例に対する使用には注意を要する.アスピリン以外の抗血小板薬(ticlopidineやclopidogrel等)にはACE阻害薬に対する負の相互作用はないと報告されている383).
心不全患者に対する抗血小板療法
ClassⅡb
● アスピリン(エビデンスレベルB)
● チクロピジン(エビデンスレベルC)
● クロピドグレル(エビデンスレベルC)
慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Treatment of Chronic Heart Failure(JCS 2010)