拡張不全 原因疾患の検索 左室心筋が原因 重症度判定 増悪因子の速やかな除去 左室への物理的圧迫が原因 右室負荷,心膜炎症癒着, 心嚢液貯留等による拡張障害 →原疾患の治療 急性増悪 慢性期 〈原因疾患の除去〉 〈心不全症状のコントロール〉 利尿薬,硝酸薬 〈血圧,心拍数のコントロール〉 〈左室肥大・線維化の抑制〉 β遮断薬 ACE 阻害薬,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬 カルシウムチャネル拮抗薬 血行動態の把握 心拍出量→ 利尿薬 硝酸薬 血管拡張薬 心拍出量↓ 血管拡張薬 カテコラミン PDE 阻害薬
① 治療アルゴリズム (図5 ) 拡張機能障害を主たる病態とする心不全(拡張不全)は,(1)自覚症状が強く,時に治療抵抗性であること,(2)利尿薬投与により,低心拍出症状を起こしやすい,(3)拡張機能障害の原因が様々であり,治療方針も一定でない208) ,等より収縮機能障害による心不全(収縮不全)とは異なった治療方針が必要であるが,拡張不全の治療戦略は,未だ確立されていない.その理由の1つとして,心不全治療に関する大規模臨床試験はほとんど収縮不全症例を対象に行われてきたことが挙げられる.したがって現段階においては一般的に考えられている治療法を記載することとする.② 左室心筋が原因である拡張不全の治療 1)急性増悪期の治療 急性増悪期の主症状は,左房圧上昇による肺うっ血と,低心拍出症状である.どちらの症状がより優位かを的確に把握する. 肺うっ血症状が強く,心拍出量が保たれている場合は,利尿薬,硝酸薬が有効である.しかし,拡張不全ではこれらの前負荷軽減薬は容易に心拍出量の低下を来たすため,投与量には十分注意が必要である. 肺うっ血が強く,かつ低心拍出を呈する場合は,後負荷を軽減し,有効心拍出量を増やす必要がある.ACE阻害薬,カルシウム拮抗薬による後負荷軽減とともに, カテコラミン,PDE阻害薬を併用する.カテコラミン,PDE阻害薬は軽度低下している収縮機能を改善するだけでなく,弛緩能をも改善すると考えられている209) . ただし,脈拍・不整脈の増加には注意すべきである. 同時に,増悪因子が明らかであり,かつ除去可能な場合,それを取り除くことが有効である.冠動脈狭窄・閉塞による心筋虚血が関与している場合は,血行再建を 行う.発作性心房粗・細動による頻脈が原因のときは,速やかに洞調律に戻すことが重要であり,抗不整脈薬の静脈内投与,直流除細動器の使用を考慮する.頻脈コントロール目的での少量のβ遮断薬使用は,症例によって肺うっ血が存在していても有効である場合がある(詳細は「急性重症心不全治療ガイドライン」を参照).2)慢性期の治療 慢性期は,原因疾患の除去,心不全症状のコントロール,左室肥大・線維化の抑制,脈拍数のコントロールが重要である. まず,急性増悪を予防するため,原因疾患を除去する.虚血の所見が明らかである冠動脈狭窄に対して血行再建,大動脈弁狭窄・閉鎖不全には適切な時期に手術を考慮する.貧血があれば補正する. 自覚症状の軽減には,心拍出量を過度に減少させることなく上昇した左房圧を低下させる必要がある.したがって,利尿薬,硝酸薬は有効であるが,急性増悪期の治療同様,低用量から開始し,低血圧・低心拍出症状を慎重に監視すべきである. 心筋が原因である拡張不全の主病態は,左室肥大・線維化と考えられており,それらを抑制・退縮させる薬剤が有効と想像される* 注1 .近年RAA系が左室肥大・線維化に重要な役割を果たしているという知見が蓄積され,ACE阻害薬,ARBへの拡張不全予防・治療効果が期待されている* 注2 . β遮断薬は,降圧効果,肥大退縮効果とともに心拍数抑制効果にて拡張期充満を改善する可能性があり,心筋が原因である拡張不全には有効と考えられる. 収縮機能は正常または,軽度低下にとどまるため,強心薬はあまり有用ではない.しかし,病状の進行に伴い収縮機能不全も合併することがまれではなく,その時には収縮障害を伴う心不全に準じた治療を行う必要がある.③ 左室外からの機械的圧迫による拡張不全の治療 機械的圧迫による拡張不全は臨床的に低心拍出症状と右心不全症状を呈し,心筋が原因である拡張不全とは症状が異なる.治療の基本は,原因疾患の速やかな除去である.以下に早期診断治療が有効な疾患について治療手順を略記する.1)収縮性心膜炎 心膜剥離術が治療の基本である.症状の軽減にある程度利尿薬は有効であるが,β遮断薬・カルシウム拮抗薬は無効である.内科的治療を漫然と継続することは手術のタイミングをも逸してしまう.内科的治療に抵抗性になれば手術時期と考えられる.2)肺血栓塞栓症 高度な肺高血圧のため拡大した右室腔により左室が圧迫され,左室の拡張不全が生じる.利尿薬,硝酸薬は前負荷をとり,容易に心拍出量や血圧を低下させるので注意が必要である.むしろ前負荷は高めに保つよう心がける必要がある.β遮断薬,カルシウム拮抗薬は無効である.急性期にはt-PAを用いた血栓溶解療法,慢性期には抗凝固療法とともに,外科的肺動脈内塞栓除去術を考慮する.* 注1) しかし,現在のところ,左室肥大を退縮し,拡張機能を改善し,自覚症状や運動耐容能の改善をもたらしたという報告はなく,今後の検討が待たれる.* 注2) 高血圧に対する降圧治療にて,左室肥大の退縮がACE阻害薬,利尿薬,β遮断薬,カルシウム拮抗薬によってもたらされ,その中でもACE阻害薬が最も有 効であった210) .また,V-HeFT試験ではLVEF 35%以上の心不全症例でも,エナラプリル群の方が,硝酸薬とヒドララジンの併用療法より有意に予後を改善した211) .左室収縮機能を保持した慢性心不全患者を対象にした最初の大規模無作為試験であるCHARM-PRESERVEDStudyでは,心血管死・心不全の悪化による入院についてARB阻害薬(カンデサルタン)治療群に改善傾向がみられた212) .中規模であるが,心エコー検査によって拡張不全を厳密に定義したACE阻害薬ペリンドプリルの無作為割付試験PEP-CHFでは,1 年間の心不全増悪による入院件数はペリンドプリル投与群で減少した213) .収縮機能の保たれた心不全患者を対象としたARB(イルベサルタン)の臨床試験I-PRESERVE 214) では,プラセボ投与群との間に差はなかった.β遮断薬についても拡張不全による心不全例の検討は少ない.β遮断薬の効果は収縮不全に限られるとの報告もある215) 中で,ネビボロールの臨床試験ではベースラインのLVEF 35%以上と未満でβ遮断薬の効果に差はなかったとするものもあり216) ,見解は一致していない.現在,我が国において収縮機能の保たれた心不全例を対象としたカルベジロールの臨床試験J-DHFが進行中である.拡張不全治療指針案 心不全治療に関する大規模臨床試験はそのほとんどが収縮不全症例を対象にしており,拡張不全の治療評価が欧米においてもなされていない.したがって,現段階においては適応をクラス分けすることは極めて困難であるが,一般的に考えられている治療方針をもとに構成した.また, 治療薬は臨床症状により大きく異なるため,NYHA重症度分類別に分けて記載した. 〈NYHAⅠ-Ⅱ度〉 ClassⅠ ● 利尿薬(エビデンスレベルC) ClassⅡ a ● ACE阻害薬(エビデンスレベルB) ● ARB(エビデンスレベルB) ● β遮断薬(エビデンスレベルB) ● カルシウム拮抗薬(エビデンスレベルC) ● 硝酸薬(エビデンスレベルC) ClassⅢ ● 経口強心薬の長期投与(エビデンスレベルC) 〈NYHAⅢ-Ⅳ度〉 ClassⅠ ● 利尿薬(エビデンスレベルC) ClassⅡ a ● ACE阻害薬(エビデンスレベルB) ● ARB(エビデンスレベルB) ● β遮断薬(エビデンスレベルB) ● アルドステロン拮抗薬(エビデンスレベルB) ● 硝酸薬(エビデンスレベルC) ● カルシウム拮抗薬(エビデンスレベルC) ClassⅡb ● ピモベンダン(エビデンスレベルC)
2 拡張機能障害に対する治療
図5 左室機能不全の治療アルゴリズム
慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版) Guidelines for Treatment of Chronic Heart Failure(JCS 2010)